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おまいり

TOP > 南御堂メニュー > 教えをきく > もしもし相談 > もしもし相談(2007年1月)

もしもし相談

問:なぜ生前に法名を付けるの
先日から姑(義母)が、ーカ月聞ほど検査入院することになり家をあけることになりました。留守の間、義母からお仏壇の掃除を頼まれていましたので、数日前、お仏壇の掃除をしていたら、引き出しからある名前の書かれた紙が出てきました。義父に聞くと、それは義母が京都の東本願寺で帰敬式というの葬受けてもらった法名だと教えてくれました。私はこれまで、戒名や法名というのは、亡くなった人につける名前だと思っていたので、「牛前から法名を付けるなんて縁起でもない」と驚きました。ところが周りの人からは、生前に付けることもあると聞いたので、なぜ義母が、生前からわざわざ法名を付けたのか、その真相を知りたくおたずねいたします。(神戸市・47歳・主婦)

答:生涯を通して三宝に帰依し聞法者として決意する名前
「なぜ義母が、生前からわざわざ法名を付けたのか?」とのお尋ねですが、それは戒名や法名というのは、亡くなった人に付けるものと思っておられるからですね。しかし、戒名や法名は、本来、死んでから付けるものではないのです。戒名も、本来は仏門に帰依して受戒をした時に付ける出家の仏弟子としての名前です。でも、私たち在家生活者は生涯、戒を守れませんので、普通は死んでから付けることになって、死後の名と一般に理解ところが法名は、戒名とは違って、在家生活のままでその生涯を通して、仏・法・僧の三宝
に帰依し、仏様の教えを聞いて生きます」という仏弟子(聞法者)となることを決意して、親鶯聖人の前でそのことをお誓いする儀式帰敬式(ききょうしき)1おかみそり」を受けるその時にいただく名前であります。法名に「釈」の字が付けられますが、これは釈尊(お釈迦さま)のお弟子となったという意味で、これからの入生を釈尊の教え(本願念仏の教え)を聞いて生きていきますという表明です。ですから法名は、生きている間に、できるだけ若い時にこそ帰敬式を受けて、真実の教えを聞きつつ目覚めた人生としていく歩みを始めたいものです。生前にご縁がなくて帰敬式が受けられなかった人は、やむをえず亡くなった時に、手次の住職がお付けするのです。
仏・法・僧の三宝に帰依し、本願の仏法を聞いて生きる者となるということは、この入生がそのまま仏道となるということです。仏道となるとは、ただ「損や得や、苦や楽や、幸や不幸や」という思いに執われ、流されていくのではなく、「苦」の中にも、一楽」の中にも生きる意味が見出されていく歩みとなる。教えを聞くことによって、どんな苦境をもそれを転機として、いのちの深い要求に目覚め、立ち上がって歩む道を賜っていくのです。義母様も今、入院生活の中にお念仏を申し、仏さまの喚ぶ声を聞きつつ、力強く生きてくださっていることと思います。これを機に、貴女もこ住職と相談くださり、なるべく早めに帰敬式をお受けくださればと念じます。(藤井善隆)

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