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映画「おくりびと」をご存知でしょうか?
国内はもちろん海外においても「第81回アカデミー賞 外国語映画賞」など多数の賞を受賞し、多くの人びとに感動を与えた作品です。しかし、この作品の原作とも言われている「納棺夫日記」の作者、青木新門氏は、「私はシナリオの初稿の段階で、「おくりびと」と『納棺夫日記』の間にみられる<かはりめ>に気づき、著作権を放棄してでも原作者であることを辞退せざるをえなかった」と、当時の胸の内を「南御堂」誌で語ってくださいました。その真意とは…。
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自分の欲望満たすため

昨年も自殺者が三万人を超えた。人口対比自殺率もロシアに次いで世界の上位にランクされている。また児童虐待や育児放棄、子殺し親殺しといった悲惨なニュースも後を絶たない。そんなニュースを聞く度に私は、マザー・テレサが来日した時の言葉を思い出す。
「こんなに豊かで、こんなに美しい国なのに、どうして日本人はこんなに暗い顔をしているのでしょうか」
このマザーの言葉に我が国の現状がクローズアップされているように思える。生を維持するための手段(金・物・経済)が目的と化しているということ。自分の欲望を満たすために夫に保険をかけて殺すといった行為は、まさにこうした世相を象徴している。
鈴木大拙師が戦後間もなく著した『日本的霊性』にこんな言葉がある。
「享楽主義が現実に肯定せられる世界には、宗教はない」
師の言葉通りの世界が現実となってきている。欲望や快楽を是とする価値観が容赦なく押し寄せてくる。分別のある者は頭がいいと言われ、分別の無い者は排除される。科学的思考の分別が身に付き、ヒューマニズムの思想が当然のようになってしまったのである。ヒューマニズムとは日本語に訳せば「人間中心主義」となる。こんな少年の詩がある。

心に痛みも感じない…

「ぼくは今日学校の帰りに/トンボをつかまえて家へ帰ると/お母さんがかわいそうだから放してあげなさいと云った/ぼくはトンボを放してやった/トンボはうれしそうに空高く飛んでいった/それから台所へ行くと/お母さんがほうきでゴキブリをたたき殺していた/トンボもゴキブリも昆虫なのに」
少年の眼には差別はない。しかしこの母親は人間中心主義が身についていて、人間に都合のよいものは「放してあげなさい」と優しいが、人間に都合の悪いものはたたき殺しても心に痛みも感じない。
その心はやがて自己中心主義に陥り、そんな大人の背中を見て育つ少年たちが自己中(ジコチュウ)となるのは必然である。自分に都合のよいものには優しいが、都合の悪いものはたたき殺す。それが当然のようになってしまっている。

ありのまま認める教え

私は、ひょんなことから葬儀社に務め納棺夫として働いていた時期があった。親族からは「親族の恥」と罵倒され、妻からは「汚らわしい」となじられ、世間からは白い目でみられ、卑下しながら悶々と生きていた。そんな私を救ってくれたのは、元恋人の父親を納棺に行った時の彼女の瞳であった。また、「親族の恥」と言った叔父が末期癌で入院しているのを見舞いに行った時、柔和な顔で「ありがとう」と言った言葉であった。私は元恋人の瞳や叔父の「ありがとう」に、ありのまま丸ごと認められたように感じ救われたのであった。そんな私には、マザー・テレサの次の言葉が痛いほど心に響く。
「この世の最大の不幸は、貧しさや病ではありません。だれからも自分を必要とされていないと感じることです」
マザー・テレサは敬虔なクリスチャンであった。マザーの言葉には宗教の裏打ちがある。
宗教が衰弱した社会は丸ごと認める力も衰弱する。特に仏教はありのまま丸ごと認める教えである。そのことを教えて下さったのが親鸞聖人であった。
親鸞聖人のみ教えに出遇っていなかったら、元恋人の瞳も叔父の「ありがとう」も全く違った受け取り方をしていたかもしれない。ただ自分の不運を嘆き、私を捨てた恋人や叔父を恨んでいたかもしれない。仮に道で恋人に会ったとしたら彼女は眼をそむけて行っただろう。叔父が末期がんになっていなかったら、やはり私のことを「親族の恥」と罵っていただろう。それが私を丸ごと認めてくれたのは、恋人も父親の臨終の場にいたからであり、叔父も自分が死に直面していたからに他ならない。
生と死が交差する瞬間に顕われる真実。如来の回向が彼らに働き、私に二種の回向となってはたらいたからに他ならない。それは正に仏性のはたらきであった。その真実を教えて下さったのが親鸞聖人であった。鈴木大拙師は「霊性に目覚めることによって初めて宗教がわかる」と言い残されたが、私は「仏性に目覚めることによって初めて仏教がわかる」と確信している。南無阿弥陀仏

作家 青木新門(あおき・しんもん)
1937年生まれ。
早稲田大学中退後、文学を志す。
冠婚葬祭会社に入社し、納棺夫としての自身の体験を『納棺夫日記』として出版。
著書に、『いのちのバトンタッチ』『童話 つららの坊や』など多数。

上記記事は南御堂2月号1面記事として寄稿いただきました。来月も掲載の予定をいたしております。

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