「私たちの中にある“人間のちから”」この人にきく・若松英輔さん①

 当紙では、2022年5月から2025年12月(全44回)にわたり、批評家の若松英輔さんに、コラム「人間のちから(7面)」を連載いただきました。
 連載終盤の2025年11月には、原稿の一部に加筆修正を加えたエッセイ集『あなたが言わなかったこと』(※ページの最後を参照)を刊行。今回のインタビューでは、連載を終えるにあたり、若松さんが読者に最も伝えたかったことや、書籍制作の背景についてお話を伺いました。


  

わかまつ・えいすけ/1968年新潟県生まれ。批評家、随筆家。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。第14回三田文学新人賞評論部門当選、第2回西脇順三郎学術賞、第33回詩歌文学館賞詩部門、第16回角川財団学芸賞など受賞。『霊性の哲学』など著書多数。

 

 

 

 コラムが始まった2022年は、新型コロナウイルスの収束が未だ見えず、人と人との距離が遠ざかり、経済の先行きにも不安が広がる中で、社会も人の心も揺れ続けていた時期でした。
 そのような中で、若松英輔さんはタイトルを「人間のちから」と名づけます。そこには現代を生き抜くうえで、本当に頼るべきものは何なのか――その問いが、背景にありました。
 私たちは普段「人間のちから」と聞くと、自身の努力や能力、経験によって道を切り開く力を思い浮かべます。しかし若松さんのいう人間のちからは、そこにとどまらないものがあります。
 もちろん個人の努力は大切なことではありますが、若松さんは「例えば人間の『良心』は、誰に教えられたわけでもないのに私を思いとどまらせ、『勇気』は、損得を超えて他者に手を差し伸べたくなる衝動のようなもの。これは、単に個人が持っている能力ということだけではなく、人間という存在の深いところに備わった力ではないでしょうか」と語ります。そして、「人間のちからを用いて、この厄介な時代を“人びとと共に生き抜く”ことが必要です」と言います。
 人間の深いところに備わった力は、自分を守るためだけではなく、人と人とを結びつける働きを持っている。個人の内側に閉じた能力ではなく、関係の中で生きる力として現れるのだということが考えの根底にあります。若松さんがコラムを通して伝えようとしたのは、新しい力を身につけることではなく、誰の中にもすでに備わっている「人間のちから」に気づいてほしいというメッセージでした。


 

 

 キリスト教の信仰を持つ若松さんは、自身の信仰について触れながら、「私たちはつい自分の救いだけを考えがちだ」と語ります。南御堂の読者に向けては、親鸞聖人との出会いを例に挙げ「多くの人にとって、親鸞との出会いはまず『私』の出来事として始まるでしょう。自分が救われ、日々の生活が支えられる――それだけでも尊い体験ですが、そこにとどまらず、『親鸞の教えの根本は、私だけの問題ではなく、人間の問題なのではないか』と気づく瞬間がある」と言います。
 若松さんは、「教えの言葉」は私たちに何かを外から与えるものではなく、すでに私たちの内側にあるものを照らし出す働きがあると見ています。そしてそれは、「人は、自分の中にないものでは心を動かされない」とも語るように、若松さん自身がコラムを書くうえで大切にしてきた姿勢でもあります。言葉によって読者に新しい何かを与えるのではなく、読者一人ひとりの心の奥にすでにある力や問いを照らし出すこと。そこに、書き手としての願いがあることを語ってくれました。(続)

(2026.03.01南御堂新聞 第764号掲載)
 


 

若松英輔が贈るエッセイ集

『あなたが言わなかったこと』

 
2200円(税込)
亜紀書房・四六判変型・上製/160頁