猫に小判というが あわれ人間は その小判に目がくらむ~榎本栄一~

12.01

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猫に小判というが あわれ人間は その小判に目がくらむ~榎本栄一~

「猫に小判」とは、価値のわからない者に高価なものを与えても無駄であることの譬えである。猫にとって小判は遊びの道具の一つだろうが、人間にとって小判(お金)は、生活に欠かせない大切なものである。しかしお金は本来、物品と交換するために作られた手段であり道具である。人間は、そのお金に必要以上の価値や意味を持たせて「お金さえあれば何でも解決できる」という思い上がった価値観を生み出してはいないか。また、その価値観によって人間が振り回され、悩み苦しんでいるように思える。
年の暮れに今年一年、自分自身が一体何に価値を感じていたのかを改めて仏法にたずねて確かめていきたい。

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