正月は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし〜 一休禅師 〜
この言葉は一休禅師が正月に頭蓋骨を持ち街中を歩いた逸話にある。
数え年で歳を数えた昔、正月には共に一つ歳をとることから家族や友人と祝った。
しかし一休禅師は、歳をとるとは死が近づくことでもあると、世の無常をあえて正月に説いたのである。
無常を知ることは命のはかなさを知ること。そして日々を大切に生きる者になる。
しかしそれだけではない。
私の命は私では量り知れないほど多くの命に育まれ今在るのである。また想像できない多くの命を同時支え育んでいる。この尊い命を私は今生きているのである。
このいのちを「無量壽」と言い、無量壽のいのちに目覚めて生きることを仏さまは勧めた。
それがお念仏の教え、帰命無量壽覚である。