南御堂盆おどり中止のお知らせ
このたび難波別院では、新型コロナウイルス感染症の感染予防の観点から、今年の第58回「南御堂盆おどり」を中止することを決定いたしました。
みなさまには大変ご迷惑をおかけすることとは存じますが、何卒ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
このたび難波別院では、新型コロナウイルス感染症の感染予防の観点から、今年の第58回「南御堂盆おどり」を中止することを決定いたしました。
みなさまには大変ご迷惑をおかけすることとは存じますが、何卒ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
国による緊急事態宣言が解除されましたが、コロナウイルス感染症がなくなったわけではなく、気のゆるみを危惧する状況にあります。引き続き、感染予防の観点から、各種講座の中止に至りましたことをお知らせ申し上げます。なお、中止となる講座は下記のとおりです。
8月以降の講座につきまして徐々に再開の計画を立案中です。ご不便をおかけいたしますが、決定次第この場にてご案内差し上げますので、なにとぞよろしくお願い申し上げます。
愚禿が心は内は愚にして外は賢なり~親鸞聖人~
「京都人は腹黒い」。地方の友人と出身地の話になると、必ずと言っていいほど言われてきたセリフだ。本音と建前を美徳にしてきた京都ならではの文化は、どうも今の時代にそぐわないようで、嫌みにさえ取られかねないようである。なぜなら、そこには相手を傷つけないための気遣いや優しさとは別に、「うわべ」や「ごまかし」といった心が皆無とは言えないからではないだろうか。
しかし、人間は誰しも、外見では賢く振る舞って生きていこうとする心をもっているのではないだろうか。自らを偽らずに生きていこうとする宗祖の決意を明らかにした「愚禿」なる言葉は、まさに私たちの生き方を問う言葉に思えてならない。