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悲しむべき鬼が 私たちの心の底に 棲みついている ~ 米沢 英雄 ~

今月の言葉

悲しむべき鬼が 私たちの心の底に 棲みついている ~米沢 英雄 ~

 コロナ禍により様々なことが制限されている今、人と人の「つながり」が問い直されている。改めてつながりの大切さを感じつつも、利害の計算や身勝手な都合でしか他者と関わりあうことができない「私」がいる。

 時に、条件が折り合わなければ相手を切り捨てる。また、その日の気分次第で、相手を全否定するような言葉を投げつけ傷つける。いつでも簡単につながりを断ち切る私は、血も涙もない「鬼」のようである。

 私たちはどのように他者とつながりたいのか。それは、鬼のような在り方をしている自身を悲しむ心を通して、はじめて見えてくるのではないだろうか。

「要するに」と考えてはならぬ ~ 蜂屋 賢喜代 ~

今月の言葉

「要するに」と考えてはならぬ~蜂屋賢喜代~

 相手の意見や説明を遮って「要するに、こういう事でしょ?」と思わず口にしてしまう事はないだろうか。最後まで相手の話を丁寧に聞こうとしない姿勢は、やがて「こうに決まっている」と、自分の思いや予想に都合よく相手を当てはめ、レッテルを貼りつけていく行為に繋がっていくのではないだろうか。

 蜂屋先生は、仏様や信心まで自分の予想に引き寄せて、分かったつもりになることを「予想信」と名づけて戒めた。何事も「要するに」と急げば、分かり合えないが、丁寧に正しく聞けると、「要するに」は必要なく、自ずとお互いの理解が深まっていく。

 今年こそは「要するに」を封印し、新たな一年間を丁寧にお迎えしていきたい。

死にむかって  進んでいるのではない 今をもらって 生きているのだ~鈴木 章子~

今月の言葉

死にむかって進んでいるのではない今をもらって生きているのだ~鈴木章子~

癌によって47 歳で夭折された鈴木章子さんは、闘病中に4人の子どもたちへ綴った詩をいくつも遺された。この言葉は、さらにこのように続く。「今ゼロであって当然の私が今生きている/ひき算から足し算の変換 誰が教えてくれたのでしょう/新しい生命 嬉しくて踊っています(後略)」。
様々な関係性の中で育まれ、いつ終えていくか分からない“ いのち” を私たちは軽んじてはいないか。自分のいのちでなく、大きな繋がりの中で賜ったいのちとして生きることで、本当に今を大切に思うことができる。自分の生き方を見つめ直し、今を生きる喜びをいただくのが、仏様のはたらきであることを鈴木さんの言葉から感じずにはおれない。

月に達するには 方向を転じて水を澄ます 水自身を澄ませば 月は求めずして来る ~安田理深~

今月の言葉

月に達するには方向を転じて水を澄ます 水自身を澄ませば月は求めずして来る~安田理深~

何がしかの事件や出来事に心をかき乱される。毎日のことでである。普通ならその原因を追及し、解決のために声をあげ、話し合い、状況を変えようとするもの。しかしそれでも世の中が思い通りになってくれるはずもなく、結果として内心に悲しみと苦しみを抱えて生きることになる。
そこで視点を変え、自らを見つめ直してみないか、と仏教は教えてくれる。澄んだ心の水面に、鏡の如く自らを観る。すると実は外因だけでなく、内面に巣食らうこだわりや、当てにしようと思う心があって、怒りが外にばかり向けられていたことに気づく。
「そうだったぁ」と報された感謝を報恩と呼ぶ。外に正義を訴えかけるだけでは足りないのだ。

おろか者と気がつけば 人に教えを聞く こころになる~高光大船~

今月の言葉

おろか者と気がつけば人に教えを聞くこころになる~高光大船~

人間が誕生して、幾日が経つだろうか。日進月歩であることは間違いない。そして、賢くなることが大事で、愚かなることを許さない主張が主である。
しかし、自分を見つめてみると、頑張ってはみるが、どうしようもない自分に出会うことがある。これだけしても無理なのかと。そこには、自分が頑張ることしか思いつかない。何でもできるという自負が、ぬぐえない自身が見え隠れしている。
仏の教えは、愚かなることを、素直に見つめさせるものだ。それは、自分のことが分かっていないということをである。教えに依りながら生きている方から、その事を教えていただくしかないのだ。まずその時が、報恩講だと思わされる。

食べ物様には 仏がござる 拝んで食べなされ~宇野正一~

今月の言葉

食べ物様には 仏がござる 拝んで食べなされ~宇野正一~

標記の言葉は、宇野さんが少年時代にお祖父さんからよく聞かされた言葉だそうだ。宇野少年は実際に食べ物を顕微鏡で見てみたが仏は見えず、学校の先生に尋ねるとそれは迷信だと笑われたそうだ。
私たちは食べないと死んでしまう。目には見えないけれども食べ物には私を生かすはたらきがある。お祖父さんは、はたらきそのものを仏と呼んだのだろう。
私たちは、今ここに在ることを当たり前のようにして生きているが、食べ物に限らず、水、空気、日の光、大地、あらゆるところに私を生かす「仏がござる」のであって、「生きよ、生きよ」と私を励ましておられる。

重い墓石の下へはゆかぬ 縁ある人々のこころの中が 私のすみか ~榎本栄一~

今月の言葉

重い墓石の下へはゆかぬ 縁ある人々のこころの中がわたしのすみか~榎本栄一~

人は亡くなったら何処へ行ってしまうのか。誰しもが抱く疑問ではないだろうか。お釈
迦様は死後のことについて、あなたたちの人生に関わりの無いことだからと、何もお答え
にならなかったという。
亡くなった方々の行方は、縁が深いほど気になるもの。お墓を前に様々な思いがこみ上げてくる。
しかし、その思いはお墓からやって来るのではい。自分のこころの中から、数々の思い出を通して、自然と湧き上がってくるものだ。お参りをきっかけに、いつも私と一緒にいてくれている、大切な存在にふと、気付かされる。

愚禿が心は内は愚にして外は賢なり ~親鸞聖人~

今月の言葉

愚禿が心は内は愚にして外は賢なり~親鸞聖人~

「京都人は腹黒い」。地方の友人と出身地の話になると、必ずと言っていいほど言われてきたセリフだ。本音と建前を美徳にしてきた京都ならではの文化は、どうも今の時代にそぐわないようで、嫌みにさえ取られかねないようである。なぜなら、そこには相手を傷つけないための気遣いや優しさとは別に、「うわべ」や「ごまかし」といった心が皆無とは言えないからではないだろうか。
しかし、人間は誰しも、外見では賢く振る舞って生きていこうとする心をもっているのではないだろうか。自らを偽らずに生きていこうとする宗祖の決意を明らかにした「愚禿」なる言葉は、まさに私たちの生き方を問う言葉に思えてならない。

一切は縁において生まれ縁においてあり縁において去ってゆく ~宮城顗~

今月の言葉

一切は縁において生まれ縁においてあり縁において去っていく〜宮城顗〜

新型コロナウイルスによって、我われの日常生活に支障をきたし、厳しい経済状況にあることが多く報じられている。また、人のいのちを奪っていく現実は、数値でしかなかなか報道されない。先日、ウイルス感染によって亡くなられた方の話を聞いた。ご遺族は、葬儀も出来ず、最期の別れの場でも距離を置き、悲しみに追い打ちをかけられたという。
誰しもが縁によって生まれ死んでいくことは分かっているが、いざ死を前にしたとき、なかなかそのことに頷けない。人生はどうしようもない出来事の連続である。仏法に遇うことは、その頷けない自分との出遇いではないか。仏法を通して、今の世情、自分自身の在り方を受け止めていきたいと思う。

見えないところでつながりあって生きているのは竹だけではない ~東井義雄~

今月の言葉

見えないところで つながりあって 生きているのは 竹だけではない~東井義雄~

新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。自分自身や周囲の親しい人の健康を守るため、マスクの着用やうがい、消毒を頻繁に行う毎日である。
感染拡大防止の取り組みによる緊張と先行きの見えない不安からか、健康を脅かすものに攻撃的になりがちである。咳をする人をにらみ、外出自粛要請のなか街に出る者を非難し、ついには感染者を悪者にし、遠ざけようとする。我が身を守る為とはいえ、他者との関係を遮断していくような生活は安心よりも息苦しさを感じてしまう。
日常の生活では、どこまでも私の思いが優先され、利己主義で生きざるを得ない。しかし、頂いた「いのち」は人とのつながりを求め、一切衆生と共に生きたいと願っている。

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